自殺に関して

 地上生活を勝手に終わらせることが魂のプラスになったということは絶対にありません。
【潮文社(9)P208】

 自殺行為によって地上生活に終止符を打つようなことは絶対にすべきではありません。もしそのようなことをしたら、それ相当の代償を支払わねばならなくなります。
【潮文社(9)P206】

善と悪

 地上の人間にとって苦しみは悪であり、痛みは歓迎されませんが、実質的には必ずしもそうではありません。苦は楽と同じく神の計画の一部です。苦がなければ楽もなく、暗闇がなければ光明もなく、憎しみがなければ愛もありません。作用と反作用は同じであると同時に正反対のものです。一つのコインの両面と思えばよろしい。
【潮文社(9)P198】

魂の目覚め

 地上的方策が尽き果て、八方塞がりの状態となったかに思える時こそ、魂が目覚めるものなのです。
【潮文社(9)P88】

霊的資質の発現

 霊的資質は永いあいだ潜在的状態を続け、魂が十分に培われた時点でようやく発現しはじめるものです。それが基本のパターンなのです。すなわち悲しみや病気、あるいは危機に遭遇し、この物質の世界には何一つ頼れるものはないと悟った時に、はじめて魂が目を覚ますのです。
【潮文社(9)P70】

基本的な霊的真理

 魂というものは、その奥底まで揺さぶられ、しかも物的なものでは一縷の望みさえつなげない状態下においてのみ目覚めるものであるというのが、基本的な霊的真理なのです。
【潮文社(9)P59】

物質万能主義の副産物

 困難、戦争、貪欲、利己主義、こうした物質万能主義の副産物はすべて、人間が愛、情け、哀れみ、慈悲、好意といった霊的資質を発揮しないかぎり地上から無くなることはありません。
【潮文社(8)P219】

安楽死

 安楽死の決定権はもともと医師などに与えるべきものではないのです。
【潮文社(8)P142】

 私はいわゆる植物人間を安楽死させることには全面的に、そして文句なしに反対です。
【潮文社(8)P137】

愛とは

 自分のことをかえりみず、助けを必要とする人のために出来るかぎりのことをしてあげようとする心、それが愛なのです。
【潮文社(8)P127】

霊的身体

 霊が肉体を通して顕現し機能するための外皮のようなもので、死が訪れると地上での役目が終わったことになりますから、その時点で脱ぎ棄てられて別の身体が用意されます。こうして霊が浄化していくのに伴って、その段階にふさわしい表現機関として次々と新しい身体を必要とします。霊的身体はたくさんあるのです
【潮文社(8)P106】

 あなたはその身体ではありません。その身体はあなたではありません。霊的身体はその物的身体が崩壊して大地に戻ったあと、引き続き自我を表現するために使用する媒体です。
【潮文社(8)P105】

死の自覚

 死後にも生活があるという事実をまったく知らない場合、あるいは間違った来世観が染み込んでいて理解力の芽生えに時間を要する場合は、睡眠に似た休息の過程を経ることになります。
【潮文社(8)P103】

自分で自分を裁く

 地上に別れを告げて霊の世界へ移られると、誰がするというのでもなく、自家作用によって、自分で自分を裁くことになります。そのときの判決の基準は地上で何を考えたかでもなく、何を信じたかでもありません。世の中のためにどれだけ自分を役立てたがということです。
【潮文社(7)P87】

地上とは

 地上は保育所です。訓練所です。いろんなことを学ぶ学校です。
【潮文社(6)P166】

死刑に関して

 死刑によって一個の人間を霊界へ送り込んでも、その霊を一かけらも進化させることにはなりません。
【潮文社(8)P151】

 霊の教訓として私が躊躇なく述べていることは、殺人を犯したからといってその犯人を殺してよいということにはならないということです。
【潮文社(8)P151】

 ー死刑制度は正しいとお考えですか。
「いえ、私は正しいとは思いません。ー中略ー死刑制度は合法的殺人を許していることでしかありません。」
【潮文社(6)P149】

原因と結果の法則

 宇宙の絶対的な法則の働きによって、その人間がその時までに犯した法則違反に応じて、きっちりとその重さと同じ重さの荷を背負うことになるのです。
【潮文社(9)P211】

 因果律による当然の結果として報酬があるということです。
【潮文社(9)P97】

 何の原因もなしに、つまり偶然に存在するものは一つもありません。
【潮文社(8)P211】

 埋め合わせと懲罰の法則というのがあります。あなたが行う善いこと悪いことすべてが、自動的にあなたに霊的な影響を及ぼします。大自然の因果律は絶対に免れません。
【潮文社(8)P196】

 霊的摂理は原因と結果の関係、タネ蒔きと刈り入れの原理の上に成り立っており、これは絶対にごまかせません。
【潮文社(8)P189】

 因果律は絶対です。原因があれば必ずそれ相当の結果が生じます
【潮文社(8)P147】

原因と結果の法則は容赦なく展開していきます。その因果関係に干渉できる人はいません。その絶対的法則と相いれないことが起きるかのように説く教説、教理、教訓は間違っております。
【潮文社(6)P59】

摂理に関して

 大自然の摂理の働きに偶然の出来ごとというものはありません。
【潮文社(8)P71】

 人生はすべてが自然の摂理によって規制されております。気まぐれな偶然や奇跡などによって動かされているものは何一つありません。
【潮文社(8)P36】

 摂理の働きを止めたり干渉したりする必要性が生じるような事態はかつて一度たりともおきていませんし、これからも絶対に起きません。
【潮文社(7)P79】

 文明はかならずしも摂理に適ったものではありません。摂理は完全です。機能を中止することはありません。適確さを欠くこともありません。間違いを犯すこともありません。
【潮文社(6)P58】

 苦痛も大自然の過程の一つなのです。摂理の一部に組み込まれているのです。痛み、悲しみ、苦しみ、こうしたものはすべて摂理の中に組み込まれているのです。
【潮文社(6)P20】

自由意志

 完全に自由な意志が行使できる者はいません。自由といってもある限られた範囲内での自由です。
【潮文社(8)P39】

 人間には例外なく自由意志が与えられております。ただしそれは神の定めた摂理の範囲内で行使しなければなりません。これは神の愛から生まれた法則で、神の子すべてに平等に定められており、それを変えることは誰にもできません。
【潮文社(5)P195】

牧師「人間にも自由意志があるのでしょうか」
「あります。自由意志も神の摂理の一環です」
【潮文社(5)P194】

動物に関して

 人間は動物とともに進化の道を歩むべき宿命にあるからです。ともに手を取り合って歩まねばならないのです。動物は人間の貪欲や道楽の対象ではないのです。
【潮文社(8)P204】

問「動物は人類のために地上に送られてきているのでしょうか」
「そうです。同時に人類も動物を助けるために来ているのです」
問「動物創造の唯一の目的が人類のためということではないと思いますが」
「それはそうです。人類のためということも含まれているということです」
【潮文社(5)P116】

問「動物同士は殺し合っているのに、なぜ人間は動物実験をやってはいけないのでしょう」
それが人間の進化の指標だからです。
【潮文社(5)P99~100】

宗教とは

宗教とは同胞に奉仕することによって互いの親である神に奉仕することです。
【潮文社(4)P216】

死刑について

 ー死刑制度は正しいとお考えですか。
「いえ、私は正しいとは思いません。ー中略ー死刑制度は合法的殺人を許していることにしかなりません。」
【潮文社(4)P210】

再生に関して

 ー再生は本当にあるのでしょうか。
「再生は事実です。」
【潮文社(4)P204】

動物実験に関して

 神は人間の寿命を引き延ばすための実験材料として動物を用意したのではありません
【潮文社(9)P128】

動物実験によって何一つ役立つものが得られないというわけではありません。が、その手段は間違っていると申し上げているのです。
【潮文社(8)P191】

問「動物を実験材料とした研究からは、たとえばガンの治療法は発見できないという考えには賛成ですか」
「神の摂理に反した方法からは正しい治療法は生まれません。人間の病気にはそれぞれにちゃんとした治療法が用意されています。しかしそれは動物実験では発見できません」
【潮文社(5)P117】

 ー動物実験は正しいことでしょうか間違ったことでしょうか。これによって人類の益になるものが得られるのでしょうか。
「私はかねがね動物を使っての実験のすべてに反対しております。そこに何一つ正当化すべきものは見出だせません。動物はあなた方人間が保護し世話すべきものとして地上に存在しているのです。その成長と進化を促進する責任が、全面的とは言えませんが、人間に託されております。その無力な動物に苦痛を与えることは、動物が人間に示す情愛と献身と忠誠に対するあまりに酷い報復です。」
【潮文社(4)P202】

病気に関して

 病気というのはその法則との調和が乱れた結果として生じるのです。言ってみれば霊として未熟であることの代償として支払わされるのです。
【潮文社(9)P214】

 病気はすべて治せます。“不治の病”というものはありません。治してもらえない人がいるだけです
【潮文社(9)P188】

 病気の大半は精神と霊から生じております。いわゆる人身事故でさえ精神ならびに霊的原因から発生していることがあるのです。
【潮文社(9)P172】

 病気・不快・異状の原因は調和の欠如にあります。
【潮文社(9)P171】

 不治の病というものはありません。すべての病気にそれなりの治療法があります。
【潮文社(6)P50】

 病気には物的、精神的、霊的の三つの原因があります。
【潮文社(5)P134】

ー肉体の病気は霊的な進化を促進するかも知れませんが、同時にその逆もあり得る、つまり性格を損ねることもあるでしょう。
「損ねることもあるし損ねないこともあります。どちらのケースもあります。病気になるのは摂理に反したことをするからです」
【潮文社(3)P177】

偶然はない

 世の中が偶然によって動かされることはありません。どちらを向いてもー天体望遠鏡で広大な星雲の世界を覗いても、顕微鏡で極小の生物を検査しても、そこには必ず不変不滅の自然法則が存在します。
【潮文社(3)P161】

霊的真理とは

 要するに霊的真理は人生のすべての分野に関わるものだということです。
【潮文社(7)P34】

 他人がどう言おうと気にしてはいけません。非難・中傷など、すべて忘れることです。霊的真理こそ永遠に変わらぬ真理なのです。理性が要求するすべてのテストに応えうる真理です。
【潮文社(3)P67】

病気とは

 病気というのはその大半は主として精神と肉体と魂との間の連絡が正しく行われていないことに起因しています。正しく行われていれば、つまり完全な一体関係にあれば完全な健康と安定性と落着きと機敏性を具えています。
【潮文社(2)P193】

悟りは悪戦苦闘の中で得られるものです

 悟りの道に近道はありません。代りの手段もありません。安易な道を見つけるための祈りも儀式も教義も聖典もありません。いくら神聖視されているものであっても、そんな出来合いの手段では駄目なのです。師であろうと弟子であろうと新米であろうと、それも関係ありません。悟りは悪戦苦闘の中で得られるものです。それ以外に魂が目覚める手段はないのです。
【潮文社(1)P112】

神は絶対にごまかされない

 神は絶対にごまかされません。法則は法則です。原因はそれ相当の結果を生み、自分が蒔いた種子は自分で刈り取ります。そこに奇跡の入る余地もなければ罰の免除もありません。摂理は一分一厘の狂いもなく働きます。不変・不易であり、数学的正確さをもって作用し、人間的制度にはお構いなしです。
【潮文社(1)P82】

苦難は生きている証

 はがねは火によってこそ鍛えられます。魂が鍛えられ、内在する無限の神性に目覚めて悟りを開くのは、苦難の中においてこそなのです。苦難のときこそあなたが真に生きている貴重な証です。夜明け前に暗黒があるように、魂が輝くには暗闇の体験がなくてはなりません。
【潮文社(1)P61〜62】

地上と霊界の価値判断の違い

 地上の価値判断の基準は私どもの世界とは異なります。地上では“物”を有難がり大切にしますが、こちらでは全く価値を認めません。人間が必死に求めようとする地位や財産や権威や権力にも重要性を認めません。そんなものは死とともに消えてなくなるのです。が、他人のために施した善意は決して消えません、なぜなら善意を施す行為に携わることによって霊的成長が得られるからです。博愛と情愛と献身から生まれた行為はその人の性格を増強し魂にきえることのない印象を刻み込んでいきます。
【潮文社(1)P117】

あなたとは何か

 いったいあなたは何なのでしょう。ご存知ですか。自分だと思っておられるのは、その身体を通して表現されている一面だけです。ー中略ーとなると、どれが普段の自分自身の考えであり自分自身の想像の産物なのか、そしてどれがそのような大きな自分つまり高次元の世界からの霊感であり導きなのか、どうやって判断すればよいのでしょう。
 そのためには正しい物の観方を身につけなくてはなりません。つまりあなた方は本来が霊的存在であり、それが肉体という器官を通して自己を表現しているのだということです。霊的部分が本来のあなたなのです。
【潮文社(1)P26】

自然界との関係

 自然界のバランスは人類の行為如何よって左右されており、人類が進化するればするほど、自然界の暗黒が減っていくのです。人間の霊性の発達と自然界の現象との間には密接な関係があるのです。人間の存在を抜きにした自然界は考えられないし、自然界を抜きにして人間の進化はあり得ません。
【潮文社(5)P98】

 銀河系の大星雲といえども、その中の星の一つ一つ、惑星の一つ一つ、そして星座の一つ一つが、それぞれに定められた軌道上を動いているのです。あらゆる草木、花、果実、野菜、小鳥、人間の男女、子供の一人一人にいたるまで、不変の自然の法則によって規制され、考えうるかぎりの行動や変化もきちんと認知されているのです。
 こうした大機構の中にあって人間は、手本によって学ぶように大霊が配慮しておられるのです。あなたは”他にもっと良い方法はないものでしょうか”とおっしゃいましたが、そういうものはありません。
【ハート出版 新たなる掲示 P210】

大自然からの教訓

 森の静けさの中に、その風のささやきの中に、小鳥のさえずりの中に、風に揺れる松の枝に、寄せては返す潮の流れに、花の香りに、虫の音に神の存在を見出しましょう。
 どうか、そうした大自然の背後に秘められた力と一体となるようにつとめ、それを少しでも我がものとなさってください。神はさまざまな形で人間に語りかけております。協会や礼拝堂の中だけではありません。予言者や霊媒を通してだけではありません。数多くの掲示が盛りこまれている聖典だけではありません。大自然の営みの中にも神の声が秘められているのです。
【潮文社(5)P20】

 大自然の壮観と同じものが一人ひとりの魂において展開しているのです。まず意識の目覚めとともに春が訪れます。続いて生命力が最高に発揮される夏となります。やがてその力が衰えはじめる秋となり、そして疲れはてた魂に冬の休眠の時が訪れます。しかし、それですべてが終わりとなるのではありません。それは物的生命の終わりです。冬が終わるとその魂は次の世界において春を迎え、かくして永遠のサイクルを続けるのです。この教訓を大自然から学び取ってください。
【潮文社(5)P31】

地上人の勤め・目的

 この世に自分の力で克服できないものは何一つ起きないことを悟るからです。その悟りを得ることこそ、あなた方の勤めなのです。
【潮文社(1)P27)】

 あなた方にはそれぞれにこの世で果たすべき仕事があります。それを果たすためにはこうした知識を摂取し、それを活力としていくことが必要です。霊に宿された資質を自らの手で発揮することです。そうすると暗闇で苦悩する人々に光を与える小さな灯台となることであり、そうなればあなたのこの世での存在の目的を果たしたことになります。
【潮文社(1)P28)】

 地上の人生はしょせんは1つの長い闘いであり試練です。魂に秘められた可能性を試される戦場に身を置いていると言ってもよいでしょう。魂にはありとあらゆる種類の長所と欠点が秘められております。すなわち動物的進化の段階の名残である下等な欲望や感情もあれば、あなた方の個的存在の源泉である神的属性も秘められております。そのどちらが勝つか、その闘いが人生です。地上に生まれてくるのは、その試練に身をさらすためなのです。
【潮文社(1)P53】